「しゃぶ葉の肉が薄すぎる」そんな話題を見かけた。過去に何度がお世話になったことのあるお店だ!確かに、実際に食べると物足りない(苦笑)ただ逆に、分厚すぎるお肉を提供するお店も経験したことがある。
その場合、火が通りにくいし、それに食べづらい。肉の種類にもよるけど、匂いが気になる。このように、どちらも違和感が残る。薄すぎても、厚すぎてもダメ。
求めているのは、“ちょうどいい”という感覚。でも、この“ちょうどいい”、意外と難しい。そしてこの感覚、食べ物だけの話では終わらない。
なぜ“ちょうどいい”は難しいのか
人は意外と、ちょうどいい状態を選ぶのが苦手。理由はシンプル。
“ちょうどいい”は曖昧だから。薄い・厚いは分かりやすい。しかし中間は感覚的。ここで起きているのは、判断基準が見えないじれんま。
正解がなく選ぶ根拠が弱い状態。その結果、人はどうするか?
分かりやすい方へ寄る。つまり、極端を選択してしまうのです。
分かりやすい方に流れる
人は基本的に、判断をシンプルにしたい。
濃い・薄い・多い・少ない。こうした極端な評価は簡単。一方で、「ちょうどいい」は説明しにくい。人によって基準が違い、その場の状態でも変わる。だから迷う。迷いを避けるため、どちらかに寄る、結果としてズレる選択をしてしまう。
失敗したくない心理
人は無意識に失敗を避けたいので中間を選ぶ。しかし満足できない可能性も。“なんか微妙”は過去の経験による怖さ。だから人は、分かりやすい極端な方を選ぶ。
ボリューム感、インパクト、濃い味、うす味などといった極端。ただその選択、本当の自分に合っているとは限らない。
“ちょうどいい”を選べない人の特徴
“ちょうどいい”この感覚は、食べ物に限らない。日常の選択にも影響する。
極端に振れやすい
やるか、やらないか。続けるか、やめるか。0か100の思考。人は余裕がないほど極端になる。考える思考が減り判断を簡単にしたくなる。
その結果、真ん中を飛ばす。ちょうどいいを見失う流れとなる。
周りに合わせてしまう
“ちょうどいい”からズレていく原因は、自分の基準が曖昧なとき、人は外側を見る。評価、口コミ、空気感。それ自体は自然。
ただ問題は、自分の感覚が後回しになること。その結果、“なんか違う”という違和感となる。
自分の感覚を信じきれない
少し違うって、本当は分かっている。“もう少しこうしたい“そんな微妙な感覚がある。しかしそれを無視する人が多い。
理由はシンプル。自分の感覚に自信がないから。その結果、極端な選択へ流れてしまう。
“ちょうどいい”が一番満足度が高い理由
人が長く満足するのは中間。極端な選択は、一時的には満足するが、刺激が強い分つかれる。
一方で“ちょうどいい”は、負担が少ない。違和感が少ない分、安定し長続きする。
つまり、快適さは強さではなくバランス。ちょうどいいは、弱い選択ではなく最適な選択。
ちょうどいいを見つけるための考え方
ちょうどいいを見つける鍵は、もう既に持っている。なので正解を探す必要はありません。
必要なのは、感覚に戻ること。
違和感を無視しない
「ちょっと違う」その感覚。実はかなり重要。多くの人は、この違和感を後回しにする。しかしそこに、ちょうどいいのヒントがある。違和感はズレのサイン。
完璧を目指さない
最初から正解を選ぼうとする。それがズレの原因。ちょうどいいは一発では決まらない。プロの料理人のレシピを見ながら作ってみたが何か違う…。プロの料理人が美味しいと言っても万人が美味いとは限らない。
私はそんなプロのレシピでも少しズレを調整してはその繰り返し。ここで必要なのは、“微調整する感覚”。
中間を選ぶ勇気
どちらでもない選択。中途半端で曖昧に見える。しかし本質は違う。バランスを取るという選択。周りではなく、自分基準。納得できるかどうか。そこが判断軸。
まとめ
薄すぎ、厚すぎてもダメ。求めているのは、ちょうどいいという感覚。でもそれは曖昧で難しい。だから人は極端に振れる。
しかし本当に満足するのは、その中間。バランスの取れた状態。ちょうどいいに気づけるかどうか。そこに満足度の差が生まれる。
