第6話 : 伝える勇気

中途半端 絵本

大衆浴場、温泉から上がった人たちが額に汗をにじませながら休憩スペースのソファーにもたれかかり、くつろいでいる。

テレビ 新聞 携帯など、おのおの好きな事をしているその中で、僕の心臓だけが新しい一歩を踏み出すのを恐れていた。

ここで歌っていいのかな?
誰も聴いてくれなかったら、どうしよう…

これまでは、誰かが自分の音に気づいてくれるのを待っていた。
だけど今日は、自分から声をかけようと決めていた。

少し怖そうな表情でソファーに座り、ビールを飲んでいる男性が目に入った。

この人に、声をかけても大丈夫かな…

恐怖からか、声が出ない。
心臓の音がさっきまでよりも大きく聞こえる。

でも……

自分で決めたこと。
ここで後ずさったら、あの日までの自分と変わらない。

えい、当たって砕けろ と思い男性に声をかける。

少しだけ、聴いてみませんか?

えっ!

男性は一瞬、驚いた様子だったが、やがて微笑を浮かべ、ビールジョッキを下ろした。

しばしの静かな時間。
指が動き出したとき、それはなめらかな音を奏でる。

最初は緊張していた。
でも、満たされていく感覚が湧いてくる。

いつもと違う

止まって聴いてくれる人が1人、また1人と増え音が気づかないうちに広がっていく。

人は自分から歩み寄ることで、もっと広がるんだな。

男性は、微笑を浮かべ「良い音だね」と言った。

『 ありがとう 』

その言葉が、温かく心に染みていく。

今度は今日よりもっと自信を持って弾ける気がした、緊張が解けた僕は、目の前のビールを一気に飲み干した。

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