子どもの頃の記憶は、なぜ中途半端に残っているのだろう?

自分との折り合い

Oの一族です。

皆さんは、子どもの頃のことをどれくらい覚えていますか?

私は時々、幼少期のことを思い出すことがあります。

でも、不思議なんですよね。

小学校で毎日何をして、友達と何を話していたのか?

家族と色々行ったはずなのに、どこへ遊びに行ったのかほとんど覚えていない。

なのに、なぜか、どうでもよさそうな一場面だけ覚えている。

教室から見えた景色や帰り道、誰かに言われ傷ついた言葉や自身の過ち、昔住んでいた家の雰囲気など…  不思議なことに、その前後は全く思い出せない。

なぜ、そこだけ?

もっと大切なこと、たくさんあっただろ(苦笑)

あれから数十年と年月が経ち、おっさんになった私はふと時折みせる幼少期の思い出の記憶に対してこう思った。

子どもの頃の記憶って、なぜこんなに中途半端なのか

今日は、そんな「中途半端に残っている記憶」について、少し深掘りしてみたいと思います。

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子どもの頃の記憶は、なぜ「一場面」だけ残っているのだろう

子どもの頃の記憶を思い出してみると、一つの物語として残っているものって意外と少なくありませんか?

「この日、朝起きて家族で出かけ、こんなことをして夜に帰ってきた」

そんなふうに一日を最初から最後まで思い出せる記憶は、私にはありません。

それより、一場面だけ

そこだけ切り取った写真のように残っています。

しかも不思議なのが、人生を変えたような大事件なら記憶としての一場面ならまだしも、そうとは限らないこと。

何でもない風景だったりする。

どうでもよさそうな記憶ほど、なぜか消えない

少し調べてみると、私たちの記憶は、経験したことをすべて同じように残しているわけではないようです。

その時に強く感じたこと
珍しかったこと
注意を向けていたもの
匂いや音などの感覚

こうしたものが、記憶に残るきっかけになることがあります。

だから、大人になった今の自分からすると、なんでこんなこと覚えてるんだ?と思うような場面でも、当時の自分にとっては、何か引っかかるものがあったのかもしれません。

そう考えると、ちょっと面白いですよね。

今の自分にはどうでもいい。でも、子どもの頃の自分はどうでもよくないってこと。だから残っているかもしれませんね(笑)

そもそも記憶は、ビデオのように保存されていない?

私は昔の記憶というものを、頭の中に映像として保存しているようなイメージで考え、必要になったらその映像を再生する。

そんな感じ。

ですが‼︎   実際の記憶は、ビデオをそのまま再生するようなものではないと考えられています。

私たちは思い出す時、残っている情報を使いながら、過去の出来事を再び組み立てています。

これを知った時‼︎

えっ、じゃあ私が覚えている昔の出来事も、そのままではない可能性、不確かなの?

思い出すたびに、記憶が少し変わることもある

自分の記憶ではこうだったと思っていることが、家族から、いや、それ違うよと言われることってないですか?

私はあります。

こっちが結構自信満々で話す内容、記憶は後から知った情報やその後の経験などの影響を受けることがあります。

つまり、「覚えている=当時の出来事を100%そのままの記憶とは限らないこと」

なんか不思議ですよね。

自分の記憶なのに、自分でも100%信用できない。

でも、考えてみれば、だからこそ昔の記憶って、所々抜けていたり、妙なところだけ鮮明だったりするのかもしれません。

3歳くらいの記憶、本当に自分で覚えている?

こんな事って本当にあるの?と目を疑いたくなる仰天弾のテレビ番組が流れていました。

その方は母親のお腹の中の記憶があったり、本人が知るはずことない記憶を何故か知っていたりする内容でした。

そこで、私はふと頭に疑問が…..

皆さんの、一番古い記憶って何歳くらいですか?

3歳、4歳、5歳?もしかすると、テレビの方同様にもっと前の記憶があるという人もいるかもしれませんね!

ところが、多くの大人は幼い頃の出来事をほとんど思い出すことができません。

これには、「幼児期健忘(ようじきけんぼう)」と呼ばれる現象があります。
幼児期健忘(ようじきけんぼう)とは、おおむね3歳以前の幼いころの出来事をほとんど思い出せなくなる現象のことです。

もちろん幼い子どもにも記憶する力はあります。それなのに、大人になると人生の最初の数年間の出来事をほとんど思い出せないのです。

脳の発達だけでなく、言葉や「自分」という認識の発達など、さまざまなことが関係していると考えられているようです。

となると、一つ気になることが!

私が「3歳の頃の記憶」だと思っているもの、本当に自分で覚えているものなのか?

写真や親から聞いた話を「自分の記憶」だと思っていることもある?

子どもの頃のアルバムを見ていると、この時、あんなことやこんなことがあってね…

これまで何度も親から聞かされた話。それを見たり聞いたりしているうちに、自分で覚えている出来事なのか、写真を見て知っているだけなのか、親から聞いた話なのか?分からなくなることがある。

これ、結構面白いですよね。

例えば、3歳の自分が公園で遊んでいる写真があります。

私は、「あの公園で遊んでいたんだと、覚えてると思っている」 でも……

本当に覚えている?

写真を何度も見たから、その場面を知っている、親から話を聞いたからでは?

そう考え始めると、自分の一番古い記憶まで怪しくなってきました(笑)

皆さんは、どうですか?

あなたの一番古い記憶、本当に自分だけの記憶でしょうか?

忘れたはずの記憶が、匂いや音楽で突然よみがえるのはなぜ?

記憶は不思議なことがある。

普段は完全に忘れていたのに、昔よく聴いていた曲が流れた瞬間、突然、昔の景色を思い出す。

昔住んでいた町を久しぶりに歩いたら、「あっ、ここ……」と記憶が戻ってきたり、ある匂いを嗅いだ瞬間、なぜか子どもの頃の家を思い出すことってありませんか?

私はこういう瞬間が不思議で仕方ありません。

何十年も思い出していなかったのに、匂いや音一つで、突然出てくる。

記憶は、場所や音、匂いなど、その時に一緒に経験した手がかりと結びついて思い出され、普段は出てこなかった記憶が何かをきっかけに突然よみがえることがあります。

そう考えると、「忘れた」という言葉も、少し不思議に思えてきます。思い出せないだけなのか、本当に消えてしまったのか?

自分でも分かりません。

子どもの頃のことを全部覚えているわけではありません。

友達と何を話し、日々何を考え生きていたのかを昨日のようには思い出せません。 なのに、

あの日の夕方の景色、昔の家の匂い、誰かが言った一言だけは覚えている。

前後はない。理由も分からない。記憶として見れば、かなり中途半端です。でも、今回調べながら思いました。

その中途半端な記憶一つ一つも、間違いなく今の自分につながっているのではないかと。全部覚えていなくても、忘れてしまったことがあってもいい。

中途半端に残った記憶を集めたものが、今の自分なのかもしれません。

そして最後に一つ。

皆さんの頭の中にも子どもの頃の何か、一場面が浮かんでいませんか?

もし浮かんでいるなら、なぜ、その場面だけ覚えているのでしょうね?

私は、それが一番気になります。

最後まで読んでいただき、
ありがとうございました。

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