本音を言わない人が増えたのは優しさなのか?すぐパワハラと言われる時代について考えてみた

人間関係の悩み

本音を聞く機会が減った気がする。

職場や友人関係、SNSでも誰かが何かを言う前に、「それ、言って大丈夫だろうか?」と考え気にしているように感じる。

もちろん、人を傷つけない配慮は大切。昔は見過ごされていたパワハラやモラハラが問題視されるようになったことも、決して悪いことではない一方、ふと疑問に思うことがある。

本音を言わない人が増えたのは優しさなのだろうか?それとも、別の理由があるのだろうか?

今日はそう言った「本音を言わない人」について深掘りしていこうと思います。

本音を言わない人が増えたように感じるわけ

昔と比べ、本音を口にする人が減ったように感じる。決して昔がよかったと言いたいわけじゃないけど、それもケースバイケースで今は言葉に対して慎重な人が増えたように思う。

その背景には、時代の変化はもちろん、直近で言えば世界的に巻き込んだコロナウイルス感染の影響、終息後の社会に更なる変化が起きていると強く感じている。

嫌われたくない人が増えた

SNSが普及したことで人のつながりは増えたのと同時に、人の評価を気にする機会も増えたようにも思う。

こんなこと言ったら嫌われるかもしれない 、空気を悪くするかもしれない 。そう考えて言葉を素直に表現できず飲み込むことの多い社会。

人は本能的に無難を無意識に選択する。本音を言うことよりも、無難な言葉を選ぶ方が安全だからで、それは優しさでもあるのと同時に自分を守るための行動でもあるから。

すぐにパワハラと言われる時代

職場で後輩を注意したり改善点を伝えるそんな場面でも、“パワハラだと言われたらどうしよう”と不安になる人の声を耳にする。

もちろん、本当のパワハラは許されない。ただ一方で、指導とパワハラの境界線に悩む人も増えたようにも感じる

その結果、言った方がいい事まで言わなくなる。本音よりも無難な言葉選ぶ。そんな空気が生まれている令和時代なような気がしてならない。

言葉が残る時代

スマートフォン一台で録音ができ、ドライブレコーダーで車内外を記録する。SNSでは数秒の動画が一瞬にして拡散される。

昔ならその場で終わっていた会話が、今は記録として残る。もちろん悪質な行為が明るみに出ることは大切だと思う。ただ、自身の本意とは逆に受け取られ誤解されたり、場合によっては言葉の一部だけ切り取られることも簡単になった時代。

そんな不安から本音を言うより安全な言葉を選ぶ人も増えたように感じる。これは優しさというより、恐怖や不安により押さえ付けられた自分を守るための慎重さなのかもしれない。

本音を言わないのは優しさなのか?

本音を言わないことは優しさなのだろうか?

Oの一族
Oの一族

私は半分はそうで、もう半分は違うと思う。

黙ることは優しさ

相手を傷つけたくない時、あえて本音を言わないことがある。友人が失敗した時や落ち込んでいる時など。

正論よりも励ましを選ぶといった場面は少なくない、言わないことで守れる関係もある。なので本音を言わないことが、必ずしも悪いわけではないと思う。

本音を隠すことが自分を苦しめることもある

嫌なことは嫌と、助けて欲しいのに言えない。本当は違うと思っていても合わせてしまうことが多い社会。そうすると、

人間関係は続くかもしれないが、自分の心は少しずつ消耗していく。優しさは大切。でも、

自分を犠牲にする優しさは一時的で長続きしない。

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本音が言えないことで失うもの

普段から気ままに本音を言える人は多くない。

友人や知人、職場の人間関係によってその割合は変わると思う、本音を言わないことはトラブルを避けられる一面、その代わりに失うものがある

本当の信頼関係が築きにくくなる

人間関係は、本音を少しづつ見せることで深まっていく。いつも当たり障りのない話だけで仲良くなれても、信頼関係までは築きにくい。

身構えると相手も身構え、本音を見さなければ、相手も見せない。

問題が先送りになる

職場や家庭では、気になっていることが多い。

気軽に言えたらな ”と思いつつ言わない選択をする日常。そうすると、その場の波風は立たないが問題は保留なまま。小さな違和感はやがて大きな不満につながる原因に。

成長する機会を失う

誰でも耳の痛い言葉は聞きたくない。それでも、人は時に厳しい意見から学ぶ。

もし、誰も本音を言わなくなったらどうだろう?

・失敗に気付けない。
・改善点が見えない。
・危機感の低迷

結果として、自身の成長の機会を失うこともにもなる。

本音は全部言わなくていい

本音を言うか、言わないか。実際はそんな単純な話ではなく、本音を全て言う必要性はないし、隠す必要もないと私は思う。大切なのは、「どこまで伝えるか」だと思っています。

言葉を選ぶことと、本音を隠すことは違う

本音を言う、いわない良し悪しの話ではなく、本音は伝え方が大切だと感じる。同じ内容でも相手を傷つける言い方もあれば、逆に尊重を伝える言い方もある

必要なのは、本音をなくすことではなく、「本音の伝え方」を考えることなのかもしれない。

まとめ

本音を言わない人が増えたように感じる現代。それは優しさなのだろうか?

優しさもある。けどそれだけではないと思う。嫌われたり傷つきたくないなど、トラブルを避けたい気持ちなど様々な感情が入り混ざっている。

コンプライアンスが重視される時代になりパワハラやモラハラが減ったのは良いことだと思う一方、本音まで失われてしまう社会は少し寂しく感じる。

本音を全部言う必要はないと思うけど、本音を全部飲み込む必要もない。その中間くらいが案外ちょうどいい社会になって欲しいという私の願望でもあり、それこそが今の時代に必要なコミュニケーションなのかもしれないと思うから。


最後まで読んでいただき、
ありがとうございました。

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